【浦島太郎】御伽草子の結末は鶴になる?あらすじと最後について

浦島太郎の物語の原作は、
室町時代の「御伽草子」とも言われます。

今知る浦島太郎の話とは異なり、
玉手箱を開けたあとも話が続き、
結末では浦島太郎が鶴になる、となってますね。

ここでは御伽草子のあらすじと、浦島太郎の最後について、詳しく見てみましょう。

浦島太郎:御伽草子のあらすじ

では御伽草子にある浦島太郎のあらすじです。

今知る浦島太郎の物語と異なる点を含めて見ていきましょう。

カメとの出会い

昔々、丹後の国に24,25歳になる浦島太郎というものがいました。

父母を養い、毎日海で魚を捕って暮らしてましたが、ある日「絵島が磯」というところでカメを一匹釣りあげます。

「鶴は千年、亀は万年生きるっていうし、かわいそうだから逃がしてやるよ。この恩を忘れるなよ。」

そう言いカメを海に帰してやりました。

※)カメはいじめられていたわけではないんですね。でもちょっと恩着せがましい浦島太郎(笑)

小舟に揺られた美しい女性

次の日、いつものよう海岸の方へ出かけると、
小さい船に美しい女性が一人乗って海を漂ってます。

これには驚く浦島太郎。

「どうして一人で舟に乗ってるんですか?」

「実はある所へ行く途中、嵐で他の人は海へ投げ出されてしまいました。私だけこの小舟で逃れたのです。こうしてあなたに出会えたのは、きっと前世からのご縁があったのでしょう。」

その美しい女性は、
泣きながらワケを話します。

「どうか私を故郷まで送ってくださいまし」

その美しい女性が涙を流しながら何度も何度も頼むので、浦島太郎も気の毒に思い、同じ舟に乗ってその女性を故郷へと送り届けます。

※)カメに連れられて海の中の竜宮城にいくのではないんですね

ところが実際到着してみると、
なんとそこは、銀の塀、金の屋根、立派な門の家が建ち、この世のものとは思えない場所。

その美しい女性がこう言います。

「旅で出会うのもご縁ですが、このような広い海で出会い、更にここまでお送りいただいたのは、きっと前世からの深いご縁があるに違いありません。どうか、わたくしと夫婦となり、ここで一緒に暮らしてはいただけないでしょうか」

浦島太郎も納得したようで、
ふたりは夫婦となり、そこで一緒に暮らすことになりました。

※)「乙姫」という表現が出てこない。しかも強引に結婚を迫り、浦島太郎もすんなり受ける(笑)

そこは竜宮城

それから二人は幸せな日々を暮らします。

美しい女性が言うには、そこは「竜宮城」という所。

家の周りは四季の草木が生え、

東は春のように梅や桜が咲き乱れ、
南は夏のように木々が茂り蝉や鳥が鳴く。
西は秋のように紅葉が広がり、
北は冬のように一面白化粧。白く雪に覆われた山々も見える。

浦島太郎は美しい妻とともに楽しく暮らし、
あっという間に三年の月日が流れます。

※)海の中ではないので、タイやヒラメの歌や踊りは出てこない。

そんな中、浦島太郎は故郷に残した両親が気になり、一度故郷に帰ると言い出すのでした。

これには美しい妻も泣きながら
浦島太郎にこう告げます。

「ここで別れたら次はいつ会えるのでしょう。はかない夢だったとしても、必ず極楽浄土で再会できるよう生まれ変わってくださいまし」

「わたしは、あなた様に命を助けていただいたカメなのです。そのご恩に報いようと夫婦となり一生懸命尽くしてまいりました。これをわたしの形見としてお受け取りくださいませ」

そういうと、綺麗な玉手箱を一つ取り出します

「この箱は絶対開けてはなりません」

浦島太郎は名残を惜しみつつも、その玉手箱とともに故郷へと帰っていきました。

※)「玉手箱」は出てきた!
※)妻は今世ではもう2度と会えない、と悟ったような言い方ですね。

荒れ果てた故郷

浦島太郎が故郷へと帰ってみると、
なんと人もいなければすっかり荒れ果ててます。

これはどうしたことなのか...

たまたま出会った年老いたおじいさんに「浦島という家を知らないか」と尋ねたところ、不思議な話を聞かされます。

「浦島という人が生きていたのは、もう七百年も前のことですじゃ。ほら、あそこに見える古い墓が浦島の墓所だと伝わっております」

は?700年前だって?
なんてことだ...

故郷に戻ってみれば
人もいなく、あるのは荒れ果てた荒野だけ。

あまりのことに、
力なく座り込み呆然としてしまう浦島太郎。

そばには「決して開けてはならぬ」と言われて妻が持たせてくれた玉手箱がある。

鶴となり神となり

もうどうでもよい...

そう思い、浦島太郎が玉手箱を開けてみると、中から紫の雲が立ち上ります。

24、25歳だった浦島太郎は、
みるみる歳を取っていき、そして鶴へと変わり大空へ飛んで行ってしまいました。

※)年を取った後はおじいさんになるのではなく、一気に鶴へと変わります。

実はその玉手箱は、浦島太郎がとるはずだった年齢をつめこんでいたもの。

カメがいつまでも一緒に竜宮城で暮らせるようにとしていたもので、だから浦島太郎は年を取らず700年も生きてこられたのです。

鶴となった浦島太郎。

その後は丹後国(今の京都北部の半島あたり)に神として降臨し、人々を救います。

カメもまた同じ地に神として降臨し、浦島太郎と夫婦の明神となりました。

めでたし、めでたし。

結末は鶴になる

この御伽草子の浦島太郎は、
玉手箱を開けると錦色の雲がのぼりたち、みるみる歳をとりますが、おじいさんになるのではなく鶴に変ります。

物語の中では700年という年月が経っていることになっているので、当然のようにそれだけの歳を一気にとれば、人としての存在自体がなくなり、何も残りません。

浦島太郎がカメを助けた時「鶴は千年、カメは万年生きるという...」というセリフがあり、実はこれが結末につながる伏線にもなっているようですね。

つまり、夫婦となった乙姫の位置づけである妻はカメの化身であり、一気に700年も歳をとった浦島太郎の存在を残すために、カメと対として語られる「千年も生きるという鶴」に変る。

妻が物語の中で語るように今世で二人は再び出会うことはなくなりましたが、浦島太郎と妻はその後同じ場所に神として降臨し、末永く一緒になった、という、最後は悲しくもハッピーエンドとも言える物語となってます。

なぜおじいさんになった?

今伝わる浦島太郎の物語では、
この結末の「鶴になり、二人とも神様として一緒になった」という部分がカットされ、浦島太郎はおじいさんになって終わってます。

なぜ、おじいさんとなり終わるのか。

実は、この浦島太郎のおとぎ話は、明治時代から昭和の時代にかけて学校の教科書(国定教科書)に掲載されたようで、明治29年(1896年)に発表された「日本昔噺」(童話作家・巖谷小波によるもの)にある浦島太郎の物語からもってきたようです。

この「日本昔噺」にある浦島太郎では、巖谷小波が学校の生徒向けに「約束を破ると悪いことが起きるぞ」ということを伝えたいがために、「約束を破ってふたを開けた浦島太郎が、老人になってしまった」というところで話が終わっているようですね。

もし玉手箱のふたを開けなかったら

今伝わるは話も、今回見た御伽草子の話も、どちらも浦島太郎はふたを開けてしまいますが、もし玉手箱を開けなかったらどうなっていたのでしょう。

玉手箱とは、化粧道具を入れておく小箱のこと(玉は美しいものを指す)。乙姫が常に使っていた化粧道具入れ、ということになりますね。

化粧道具入れは女性にとって大切なもの。乙姫がその大切なものを自分の形見として渡すのは良いとしても、「絶対あけてはいけない」とも言います。

絶対開けてはダメなようなものなら、そもそも別のものを形見として渡せばよいと思いますが、つまり「浦島太郎にはその玉手箱を持つ理由があった」とも言えそうです。

考えられることとしては、
二人がまた再び出会うために、その玉手箱が必要であったこと。

また乙姫自身にしても、
浦島太郎と出会った時は浦島太郎の故郷の海までカメとして泳いでいて、その後も人の姿をして舟に乗ってたどり着いていたことを考えると、竜宮城から浦島太郎とともに行くことができたのに、あえて一緒に行かなかった

これらから考えると、玉手箱には2つの意味があり、

  • 1つは竜宮城に戻るために何らかの働きをするものであり、
  • もう1つは浦島太郎の何かを試すものでもある、

という位置づけになりそうです。

開けてはいけない、
その約束を守れるかどうかを試す。

こうして考えてみると、
浦島太郎が仮に玉手箱を開けず、
荒れ果て親もすでにいなくなった故郷を嘆くにしても「妻の待つ竜宮城に戻ろう」と心に決めれば、玉手箱が浦島太郎を竜宮城へと導くものとして働いたことが考えられそう。

御伽草子の中でも、竜宮城には乙姫が方向を指し示して行くことが書かれてますし、人のいる場所とは時間の流れが明らかに違うことから、竜宮城というのは常に同じ場所にあるものでもなく、異空間に存在して、人だけでは決してたどり着けない場所にあるのでしょう。

そこで玉手箱は竜宮城に誘導するため場所を指し示す羅針盤のような働きをしたり、竜宮城に戻るための特別な舟に変わるなどの役目があったのかもしれません。

また浦島太郎が、乙姫を求め竜宮城に戻ることにより、妻である乙姫も、今までは「ご恩のために尽くしていた」という形の愛が、そうしたものを抜きにした「本物の愛」へと形が変わったかも、など考えられそうですね。

浦島太郎にしても、少し深読みすると、故郷に帰り絶望し、もうどうでもよい、と思って玉手箱を開けてしまった。その時には乙姫への愛すら忘れてしまっていた。

実は浦島太郎は表面的には乙姫を愛していたかもしれませんが、本当には愛していなかった、ということがこの場面で語られているのかも。

そして玉手箱から錦の煙が出て、急激に年を取り「あ、これはもうだめかも」と思ったら、鶴に変った。

この過程の中で浦島太郎は「乙姫が自分のことを守ってくれていたんだ。本当に愛してくれていたんだ。すまない、乙姫」などの想いに包まれ、それが乙姫への本当の愛という形に代わり、結果として神として降臨した後、再び巡り合って一緒になれた、ということも考えられそうです。

まとめ

  • 「御伽草子」では、カメはいじめられておらず、またカメではなくカメが人の女の姿となり、浦島太郎を連れて行く。カメと乙姫は同一人物。
  • 「御伽草子」では、浦島太郎が玉手箱を開けると、急速に年を取り、最後は鶴となって空へと消えていく
  • 今知る浦島太郎の物語は「約束を破ると良くないことが怒る」というメッセージを伝えたいために、最後はおじいさんになって終わる
  • 仮に浦島太郎が玉手箱を開けてなかったとしたら、きっと竜宮城に戻り、乙姫と本当の愛を築いて末永く幸せに暮らしたことだろう

あけてびっくり玉手箱。
その由来ともなる浦島太郎の物語ですが、原作とも言われる御伽草子の中で、最後はまた一緒になれてよかったですね。

浦島太郎が鶴となり、そして神となって降臨したのは今の京都の丹後半島あたり。

そこにはこの物語ゆかりの「浦嶋神社」(うらしまじんじゃ)がありますね。(浦島太郎発祥の社とも言われているようです)

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